前回の記事では、AIの進化が通訳の仕事に与える影響について考えました。今回は、その続編として「翻訳」の仕事に焦点を当てます。
AIは翻訳業界にどのような変化をもたらし、どこまで進化し、どこに限界があるのでしょうか?
さらに、通訳と翻訳の違いを踏まえながら、どんな翻訳の仕事が今後も残り続けるのかについて考えてみたいと思います。

AI翻訳はすでに「人間超え」? それともまだ未熟?
最近のAI翻訳ツール、たとえばDeepLやGoogle翻訳は、短時間で大量の文章を訳せるほど進化しています。特にビジネス文書や技術マニュアルのような定型的な文章では、AIの精度はかなり高くなっています。
一方で、翻訳者の仕事がすべてAIに取って代わられるかというと、そんなことはないのかな、と私は思います。翻訳には「言葉の表面的な意味」だけでなく「文脈」や「文化的背景」、「読み手の感情への訴えかけ」が関わるからです。
たとえば、映画を見ているときに「こんな訳し方をするのか!」と驚くことはありませんか? 私も以前、ある英語の映画を見ていたときに、登場人物が “You’re impossible.” と言ったシーンがありました。AI翻訳なら「君は不可能だ」と訳してしまうかもしれません。しかし、実際の字幕では「ほんと手がかかるね」と訳されていました。この微妙なニュアンスを伝えるのは、やはり人間の翻訳者だからこそできることだと感じました。

夏目漱石が、「I love you」は「月が綺麗ですね」とでも訳しておきなさい、と彼の生徒に伝えたというのは有名な話ですよね
また、あるとき海外のニュース記事を読んでいて、AI翻訳が「人道的支援(humanitarian aid)」を「人間的な助け」と訳していたことがありました。一見意味が通じそうですが、実際には「災害や戦争で苦しむ人々に向けた支援」という重要なニュアンスが抜け落ちています。こうした細かい違いが、読者の理解や受け取り方に影響を与えるのではないかと思います。
AIが得意な翻訳
- ニュース記事や技術文書:比較的シンプルで論理的な文章はAIの得意分野。特に企業のレポートや取扱説明書などは、人間の関与なしでも高精度で翻訳できることが増えています。
- 定型的な会話の翻訳:旅行者向けの簡単なフレーズや、カジュアルなチャットの翻訳は、AIの進化でスムーズになってきているように感じます。
- 大量のデータ処理:AIは膨大な量の文書を一気に翻訳するのが得意。企業がグローバル展開をする際、一次翻訳として活用されることが多くなっています。
AIが苦手な翻訳
- 文学やクリエイティブな文章:小説や映画の脚本、広告コピーのように「行間を読む」ことが求められる翻訳は、AIが苦手とする分野です。言葉の持つ微妙なニュアンスや、リズム、響きを調整するのは、やはり人間の感性が大きく関わるのではないでしょうか。
- 文化的背景が重要な翻訳:ユーモアや慣用句、歴史的な背景を考慮した翻訳は、AIには難しい課題だと感じます。「直訳すると意味が変わってしまう」ような表現の多い文章ほど、人間の翻訳者の出番になるでしょう。
- 専門分野の高度な翻訳:医療・法律・科学分野では、誤訳が大きな問題を引き起こすこともあります。専門知識を持つ翻訳者のチェックなしにAI翻訳を使うのは、まだリスクが高いと言えるかもしれません。
通訳と翻訳の違い:AIの影響はどう違うのか?
前回の記事では、通訳の仕事は「その場の臨機応変な対応」が必要なため、AIには完全に代替できない可能性が高いと考えました。では、翻訳はどうでしょうか?
翻訳は、通訳と違って「時間をかけて正確な文章を作る作業」です。そのため、一見するとAIの方が得意な分野に見えます。しかし、実際には「翻訳後に意味がズレていないかを確認する作業」が不可欠です。つまり、翻訳者の役割は「ゼロから翻訳する人」から「AIを使いこなし、より良い訳文に仕上げる人」へとシフトしていくのではないかと思います。
翻訳者がAI時代を生き抜くための新しいスキル
これからの翻訳者には、従来の翻訳技術だけでなく、新しいスキルが求められるように思います。
- ポストエディットの技術:AIが作った訳文を修正し、自然な表現に仕上げるスキルは、今後ますます重要になりそうです。
- 文化的・専門的な知識:機械では補えない「背景知識」を持つ翻訳者は、これからも一定人数必要とされるでしょう。
- クリエイティブな翻訳力:ただ単に訳すだけでなく、ターゲット読者の心に響く言葉を選べる翻訳者は、AIには置き換えられにくいと思います。
AIが進化しても、翻訳スキルは無駄にならない
AIの進化によって、翻訳の仕事は確実に変わっていくと思います。というか、すでに変わってきていますよね。先日、私がかつて登録していた翻訳マッチングのWebサイトが閉鎖してしまいました。かつては「ちょっとした翻訳」を迅速に提供できるサービスとして人気でしたが、AIの台頭もあり競争に勝てなかったのかな、と思っています。しかし、「翻訳そのものがなくなる」とは考えにくいです。むしろ、AIを活用しながら、より質の高い翻訳を提供できる人間の翻訳者は、今後も価値が高まるのではないでしょうか。
通訳と同じく、翻訳スキルを磨くことは、単なる職業スキル以上の意味を持つように思います。異文化を理解し、情報を正確に伝える能力は、どんな時代でも求められる力だからです。
AIと共存しながら、翻訳者としての新たな可能性を探っていく——それが、これからの時代に求められる翻訳の在り方のひとつかもしれません。


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